【1608】自分の質を高めることの難しさ~安岡正篤一日一言からの学び~
安岡正篤先生の『一日一言』に、
私が永年努力しても、なかなか到達できない重い言葉があります。
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文より質
人間は常に、質が文より勝っていることが望ましい。
その人に奥深いものがどっしりとあって、そこに若干の表現があればよい。
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ここでいう「文」とは、単なる文章の巧さではないことはわかります。
しかし、一体何を先生は言わんとしているのかが、腑に落ちませんでした。
今だとAIに聞けるのですが・・・。
そして辿り着いたのが、中国古典『論語』です。
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質、文に勝てば則ち野(や)。
文、質に勝てば則ち史(し)。
文質彬彬(ぶんしつひんぴん)として、然る後に君子なり。
中身だけで表現が伴わなければ粗野になる。
表現だけで中身が伴わなければ薄っぺらくなる。
その両方がほどよく備わって、はじめて君子である。
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「文」とは、本来は「模様」や「飾り」を意味します。
転じて、文章、礼儀作法、教養、あるいは自分を良く見せようとする外装のことを指します。
「質」とは、飾りのない「ありのままの自分」や、その人の根底にある「人間力」のことです。
この意味を知って、安岡先生や上記の論語に書かれていることを読むと
自分がどうあるべきかが明確になってきます。
私は、少しでも質を高めたいと思い、メルマガに自分の考えを書き、研修等の場で口にしてきました。
そうすることで、自分自身を追い込み、更正できると思ったからです。
けれども正直に言えば、まだまだ「質」が「文」に追いついていません。
安岡先生のお言葉は、あっさりと書かれています。
しかし、その実践は、とてつもなく難易度が高いと思います。
そう感じているのは、私だけでしょうか。
もしそうだとしたら、恥ずかしい限りですが、それでもなお、
文も磨くことをやめず、
それ以上に質を高める努力から逃げず、
その差を自覚し続けること自体が、修養と思い、努力し続けます。
■本日の教訓
文より質を意識し続けること自体が修養である。
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