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【第261号のテーマ】 継続と撤退

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【第261号のテーマ】 継続と撤退

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258号でF1を事例にして、お金と組織運営について書きました。

その際、ホンダはエンジン供給者としては、

大活躍をしました、と書きましたが、これについて補足しておきます。

1980年代後半は、F1においてホンダが独壇場とも言える活躍をしています。

1986年と1987年にはコンストラクターズ・チャンピオン、

1987年にはネルソン・ピケがドライバーズ・チャンピオンを獲得、

1988年にホンダエンジンを搭載したマクラーレンが、

アイルトン・セナとアラン・プロストの

ドライブによって、イタリアGP以外

16戦中15勝!

し、アイルトン・セナがドライバーズ・チャンピオンを獲得しました。

更に、1989年にはマクラーレンのアラン・プロスト

1990年にはセナが再びチャンピオンに輝くなど、

その当時ホンダのエンジンは世界最高の性能を持ち、

コンストラクターは6年連続、ドライバーは5年連続で

ホンダエンジン搭載車が獲得し、

「ホンダエンジンなくしては総合優勝を狙えない」とまで言われ、

1983年~1992年までの間だけで通算69勝をあげ、

「F1のホンダ」と言われました。

このホンダもバブル崩壊の影響を受け、世界的な新車販売不振により

1992年にF1を撤退します。

撤退後は無限ブランドでの参戦やエンジンサプライヤーとして復帰をしますが、

1勝を上げることもできません。

2006年にコンストラクター(チーム)として、再参戦をし、2008年までに

1勝を上げることができましたが、1988年の戦績とはほど遠い結果となっています。

そして、リーマンショックを機に再度、撤退することになります。

紆余曲折あり、2015年にはエンジンサプライヤーとしてF1へ復帰します。

パートナーはセナ・プロスト時代を共に戦ったマクラーレンですが、

2015年~2017年を共に戦いながら、1勝も上げることもできません。

この状況に業を煮やしたマクラーレンは、ホンダとの提携解消をします。

ホンダは2018年からレッドブルグループのトト・ロッソにエンジンを供給しますが、

こちらでも1勝を上げることもできません。

2019年はレッド・ブルとトト・ロッソの2チームに供給し、ホンダ全社一丸体制で

ようやく3勝を上げることができました。

2010年よりF1にチーム参戦しているメルセデスAMGは、

2019年までの9年間で年間ランキンが5位以下に落ちたことがなく

優勝回数は93回にものぼり、

2014年からは6年連続コンストラクターズポイント1位です。

フェラーリの出走回数は999回、

コンストラクターズポイントチャンピオンとポイント獲得数が一番多いのも

フェラーリです。

メルセデスは、F1以外のレースの歴史とエンジン供給者として積み上げた

ノウハウとリソースを一気に集中させた結果だと思います。

フェラーリは、永年に渡って積み上げた継続力とブランドを守る強い意志が

結果となっていると言えます。

この2者に比べて、ホンダは何が足らなかったのでしょうか?

ホンダのパワーユニット開発総責任者の浅木泰昭氏は2019年のシーズン途中で

「メルセデスやフェラーリと比べてパワーが足らない」

「もっとパワーを!」

と漏らされています。

ホンダのジェット機部門や先進技術研究所まで巻き込んで、

足らないパワーを何とかしようとされています。

もし、ホンダがフェラーリのようにバブルやリーマンショックの時も

F1活動を継続していたら、必ず違う結果となっていたでしょう。

一度取り組んだ事を継続するか、撤退するか

F1の歴史を見ると「薄紙を重ねる積み重ね」は裏切らない、と思いますし

再開時に今通用するレベルに引き上げるには、

とんでもない努力と時間が必要であることが解ります。

258号でも書きました様にホンダがワンマンで運営できない日本企業だからこそ

このような遠回りとなったのでは?

と思うと同時に

日本企業だからこそ、日本人だからこそ、

何度も挑戦することを厭わない

のだと思います。

本田宗一郎氏の思いを受け継いだホンダらしい挑戦の仕方だと思います。

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